小説アイデア練習帳

タロットカードを使い、小説を書くためのアイデア出しの練習をするブログ

2016.10.27

確認

「これをあなたに見ていただきたいのです」

 彼はそっと木箱を机の上に置いた。黒に近い焦げ茶色の箱だ。

「5年前、私は人形を作り始めました。そしてようやく納得のいく人形ができました」

「なぜそのような大事な人形をわたしに?お会いしたことはないと思いますが」

 彼は問いには答えなかった。中を見ればわかるとでも言うように、蓋を開けた。

「人形ですね」

「ええ、人形です。ところでこの顔に見覚えはありませんか」

 箱の中は精巧な女性の人形だった。美しいというよりは生気すら感じさせるような瑞々しい表情をしている。

 知り合いにこのような顔をした人はいただろうか。人の顔を覚えるのは得意だと自負していたが、頭の中に合致する人物はいなかった。

「いえ、見覚えはありません」

 「そうですか……」

 彼は残念そうに、そしてどこか安堵したようだった。

 

 彼の後に続き、喫茶店を出る。別れの挨拶は、なかった。

 彼が向かった方向とは逆の方向に足を進める。人形の顔に見覚えはなかった。しかし彼の顔はどこかで見た記憶がある。

 人形を作るくらいなのだからどこかの雑誌の記事だろうか。彼が人形を作り始めたのは5年前。5年前、男性、女性の人形。

 頭の中でそれらの言葉が行ったり来たりする。5年前……今まで決っして思い出したくなかった記憶。ハイキング出掛けた山。川辺に倒れている女性。呆然と立ち尽くす男性。

 その男性は……彼だった。

 それならば倒れていた女性はあの人形なのだろうか。倒れていた女性の顔は血の気がなく、発見までに数日経っていたからか、あの人形の瑞々しい表情とは結びつかなかった。

 だから見覚えがなかったのだろう。なぜ彼は彼女の人形を作ったのか、なぜ完成した人形を発見者であるわたしに見せたのか。見覚えがあると伝えていたら彼はどうしていたのか。

 何も考えたくはなかった。ただただ家へと足早に向かうだけだ。